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熊本地震 400年前の古文書から予想される今後の展開

      2016/05/21

      

14日の前震、16日の本震と2度の震度7を記録し、今なお余震が治まらない熊本地震。気象庁では「前例のない地震」としていましたが、実は古文書をひも解くと、今回の熊本地震と酷似している時代が17世紀に存在してると言うのです。

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気象庁では今回の熊本地震について、「震源が熊本から阿蘇、大分と北東方向に100km広がっており、前例がない」としていましたが、歴史学者・磯田道史さんは異を唱えます。「確かに気象庁が観測を始めた1875年以降では前例はないでしょう。しかし、500年、千年という長いスパンで災害の歴史を研究してきた私の立場から見ると、前例なしとは言えない。それどころか江戸時代初期の17世紀前半とかなり状況が似ていると考えています。」

これはいったいどういう事なのでしょうか?

400年前の「前例」

まず1611年に「慶長の三陸沖地震」が東北地方で起きました。これは2011年に起きた東日本大震災と同タイプの海溝型巨大地震で、津波により多数の死者が出たそうです。

そして、その8年後に、今回の熊本地震と同じ肥後地域で、1つの都市が壊滅する程の大地震が起きています。

熊本藩の地誌「肥後国志」十四巻には

卯の刻より大地震い、午の刻にいたり、城楼崩壊す

とあります。これはつまり午前6時に大地震が発生し、その後幾度となく襲いかかる激震で6時間後に八代にあった麦島城の櫓などの建物が崩壊してしまったと言う事です。

そして「浄信寺興起録」という記録には、城の石垣や櫓が壊れ落ち、都会だった八代の町がたちまち荒れ果てたと書いてあります。おそらく震度6ないし7の強い揺れと余震で、城下は6時間ほどで消滅したと思われます。

さらに大分県の竹田を治めていた岡藩中川家の「中川資料集」には、麦島城の天守閣が崩壊した同じ日、同じ午の刻に竹田の岡城が地震で崩れ、破損したとあります。つまり、熊本で最初の大地震があった6時間後に、大分でも城を壊すほどの大地震が起こったという事です。今回同様、熊本の地震が大分にまで広がっていた可能性が高いのです。

東北で震災が起き、その数年後に熊本で都市が壊滅するような地震が起き、その地震が大分にまで広がっていた。つまり、今回の地震と非常に似通った地震活動が400年前に起きていたという事ではないでしょうか?

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古文書ではその後の展開はどうなっていたか?

ここで一番気になるのが、400年前はその後、どのような展開を見せたのかという事です。調べてみると、熊本と大分の地震から6年後の1625年に広島・愛媛・熊本・香川で地震が連発しています。

まず、1月に広島で震度6程度と思われる地震が発生します。そして4月、今度は愛媛を地震が襲います。この時、道後温泉が地震によって塞がってしまったようです。7月には再び熊本で大地震が起き、この時も余震が続き、相当な被害が出たと記されています。さらに、同年11月上旬には香川で大地震が起こったようで、「四国・中国大地震」という記録が残っています。

つまり「400年前の東日本大震災」のあとには、国内最大級の活断層である「中央構造線断層帯」の西端の熊本・八代でまず地震が起き、大分・広島・愛媛・香川へと西日本の中央構造線を東に向かって、次々と地震が連発した形跡があるのです。

 

とは言え、これはあくまでも400年前の地震です。今回の地震も同じ経緯を辿るとは限りません。しかし、今の科学技術で地震の予測を正確にするのは難しいのが現状です。結局は、次にどこで地震が起こるのか誰にも分からないのです。あまり、過剰な反応は良くありませんが、万が一の為の備えは、どの地域にお住まいの方でもきちんとしておく事をお勧めします。

 

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