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ゾウのはな子の訃報に哀悼のツイートが止まらない

   

      

東京・武蔵野市の井の頭文化園で飼育されていた国内最高齢のメスのゾウ「はな子」が26日午後、死んだと発表がありました。69歳でした。

メスのアジアゾウ「はな子」は、昭和24年にタイから戦後初めて日本に来たゾウで、昭和29年から武蔵野市の「井の頭自然文化園」で飼育され、多くの来場者に親しまれてきました。

「はな子」はことし1月1日に69歳を迎え、国内で飼育されているゾウの長寿記録を更新していましたが、ことし3月におなかが痛そうにいきむ様子が繰り返し見られたため、長寿を祝う催しが中止になり、その後も、食べる餌の量が減るなどしていたということです。

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ゾウのはな子

はな子は第二次世界大戦後に初めて日本にやってきた象で、日本で最も飼育期間が長い象でした。誕生日は不明なため毎年元旦の1月1日をはな子の誕生日として祝っていました。

1949年(昭和24年)8月8日に日本へやって来たはな子。公募によって戦争中に餓死した象の「花子」の名を継いで「はな子」と名付けられ、上野動物園で飼育されました。

翌年からはな子は「移動動物園」で日本各地を訪問。その時、都内を中心に訪問したはな子を見た東京都武蔵野市・三鷹市から、井の頭自然文化園ではな子の展示を求める声があがり、1954年3月、はな子は上野動物園から井の頭自然文化園に移されました。

井の頭自然文化園に移動して2年目の9歳の時。深夜泥酔して象舎に忍び込んだ男性を踏んでしまい死亡させてしまったのです・・・。この時のことが切欠となり、はな子は一時期鎖に繋がれていました。

そして13歳の時。再び飼育員の男性を踏み殺してしまったのです。相次いだ不慮の事故が当時新聞で大きく取り上げられ話題に。実は、はな子はとてもデリケートな性格で、2件とも人間の不注意から起きた不慮の事故だったのです。

これを機に、「殺人ゾウ」のレッテルを貼られ、来園者から石ころを投げられたりしたのです。殺処分するべきとの意見も上がり、暗いゾウ舎の中で2ヶ月以上も鎖に繋がれる生活を送ることに。
この時、はな子はストレスであばらが浮き出るほどやせ細り、3本の歯を失いました。

人間不信になりますます狂暴化していくはな子。そんなはな子の世話をする飼育員は誰もいなくなりました。しかし、運命の出会いが!

1960年6月。当時、多摩動物園で像を担当していた故・山川清蔵さんがはな子の飼育員として担当に。山川さんは人間への敵意をむき出しにするはな子に怯むこともなく、着任してわずか4日目には、鎖を外し、はな子と向き合って世話をはじめました。

山川さんのはな子への接し方はごく普通でした。朝出勤してはな子の元へ向かい、朝ごはんを与え身体をきれいにしてあげる。ただこの繰り返しでした。山川さんは、兼任で担当していた他の動物の世話が終わると休息も取らずにはな子の元へ走ります。

そして、はな子の身体に触れ話しかけるだけでした。2度の不慮の事故の記憶が残る来園者から「殺人ゾウ」の罵声が飛んでも、興奮するはな子により添い、いつも守ってあげたのです。

山川さんの献身的な思いが通じ、はな子は少しずつ心を開いていきました。ここまで来るには6年の歳月が流れていたのです。山川さんは定年を迎えるまでの30年間。ひと時も離れずにはな子に寄り添い世話を続けました。

温厚さを取り戻したはな子は、殺人ゾウの汚名を返上。井の頭自然文化園のマスコットとして人気を集めることに。山川さんとはな子の交流が書籍やドラマになり、多くの人々が感銘しました。

そして、山川さんは自分の身体が癌だとも気づかず・・・、定年から5年後逝去。山川さんの定年後は、息子の宏治さんのチームがはな子の飼育担当となり、尊敬する父親から受け継がれた直接的な飼育方法が周囲の好評を得て、多くの来園者が訪れるようになったのです。

しかし、またしても不慮の事故が。2010年10月、獣医師がはな子の脚に薬を塗った直後、鼻で突き飛ばされてしまったのです。

獣医師は後頭部をコンクリートの床にぶつける軽いケガでしたが、大事故にもつながっていた可能性も否定できず、園は「準間接飼育」に移行する措置が取りました。

飼育員と直接触れ合い飼育する山川さんから受け継がれた飼育法とは変わり、檻の中から餌を与える飼育法です。この決断は、はな子を知る飼育員たちにとって苦肉の決断となったのです。

それでも、はな子は日本の飼育員に親子3代に渡り愛され大切にされてきました。歯はほとんど抜けてしまい、固い物を食べることもできなくなっても、バナナは剥いて食べさせてあげ、野菜・果物は煮て柔らかくしてから与えていました。こうして一日のカロリーを計算された食事をあげていたのです。

井の頭自然文化園の飼育員たちは、高齢のはな子を十分に気遣いながら世話をしていました。

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はな子の訃報に哀悼のツイートが止まらない

こうして69年間もの間、日本中の皆から愛され続けて来たゾウのはな子。はな子の訃報が伝えられてからは、ツイッター上でははな子への哀悼のツイートが止まらなくなっています。

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